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ニュース&トピックス

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更新日時:2018/01/19

【堺市案内】鉄砲鍛冶屋敷(てっぽうかじやしき)

2018/01/15 【堺市案内】鉄砲鍛冶屋敷(てっぽうかじやしき)
種子島に伝わった鉄砲の製法を橘屋又三郎などが堺に伝えてから、堺は日本一の鉄砲生産地になりました。現在、江戸時代の鉄砲鍛冶屋敷の面影を残す唯一の貴重な建築物で、市の指定有形文化財になっています。江戸時代から続く堺の鉄砲鍛冶井上関右衛門の居宅兼作業場兼店舗で、「元禄二年堺大絵図」にも記載されており、わが国の町家建築としても最古の部類に属するとともに、堺を支えた鉄砲の生産現場が残されている建物としても貴重です。

大坂夏の陣の後、新たな町割が行われ現在に続く堺のまちが形成され、堺は鉄砲や包丁、織物などの製造業を中心に発達し商業のまちとしても成熟していきます。北旅籠町一帯、特に鉄砲鍛冶屋敷周辺は当時の面影を多く残し、切妻造、平入りの建物からなる当屋敷は、江戸初期の鉄砲鍛冶の生活がしのばれます。
更新日時:2018/01/15

【堺市案内】薫主堂(くんしゅどう)

2017/12/01 【堺市案内】薫主堂(くんしゅどう)
南蛮貿易の拠点だった堺は16世紀末頃に原料の香料が持ち込まれ、日本で初めてお線香が作られた町で、江戸時代には線香の産地として知られるようになりました。創業明治20年、旧鉄砲屋敷跡が残る古い街並みの一角で、百年余り3代にわたって伝統的技法での線香づくりにこだわり暖簾を守っている老舗です。

店舗は江戸末期に建てられたという堺の古い商家の面影を残しており、かつてNHKで与謝野晶子のドラマが放映されたとき、晶子の生家「駿河屋」として撮影されたそうです。「虫籠」と呼ばれる中2階の窓が、この周辺で見られる当時の建物の特徴で、風情のあるたたずまいは堺の伝統工芸品のイメージにぴったりです。

奥さん手づくりの「におい袋(ちりめん使用)」がお奨めで、白檀など7〜8種類の天然香木にハーブをブレンドしています。
更新日時:2017/12/01

【堺市案内】方違神社(ほうちがいじんじゃ)

2017/11/02 【堺市案内】方違神社(ほうちがいじんじゃ)
河内、和泉、摂津の三国の境にあり、方位のない清地とされ方除祈願で知られています。古くから遠方へ出かける時その方向がよくない場合に、一度別方向に向かってから出かける風習がありました。方違神社はそのような時にお参りする全国でも珍しい神社で、遠くへ旅する時や家を移る時などに、ここに参れば災難に会わないという言い伝えがあり、新築や転居等の厄除けで各地からたくさんの人々が参詣に来ます。節分の日の飴、五月の節句の粽(チマキ)は大変御利益があるそうで、5月31日のちまき祭は故事にならい、菰(こも)の葉で包んだ粽が氏子に分けられます。正式には「かたたがえ」ですが「ほうちがい」さんと呼ばれて親しまれています。

神社には暖かい地域に多く生育する常緑樹「くろがねもち」があり、市内の40本をこえる大木の中でも径・幹周が一番大きく、かなりの樹齢をもつ巨樹で府の指定天然記念物になっています。また、9月中旬のふとん太鼓の秋祭りでも知られています。
更新日時:2017/11/02

【堺市案内】与謝野晶子生家跡(よさのあきこせいかあと)

2017/10/02 【堺市案内】与謝野晶子生家跡(よさのあきこせいかあと)
与謝野晶子は菓子商駿河屋の三女として甲斐町に生まれてから、鉄幹に出会い家を出るまで堺ですごしました。明治・大正・昭和を短歌とともに生き「情熱の歌人」と呼ばれ、同じ文学者鉄幹の妻であり、11人の子どもたちの母でもありました。明治34年(1901年)に出版された「みだれ髪」は、鉄幹へのあふれる愛と青春のみずみずしさを歌いあげ、浪漫主義の代表作となりました。

また詩、評論、古典研究などさまざまな執筆活動を展開する一方、女性の権利に焦点をあてた評論も多く著し、当時の女性の地位向上に積極的に取り組んだことでも有名です。

その生家跡には「海こひし潮の遠鳴りかぞへつつ少女となりし父母の家」の歌碑があり、晶子と鉄幹を引き合わせたといわれる覚応寺、二人がはじめてデートした浜寺公園など、エピソードがつたわる地と晶子歌碑巡りを楽しむことができます。最近のリニューアルで生家の様子をビジュアルに表現、外国人観光客用に英語・中国語・ハングルの説明文も加えました。歌碑周辺の石組みは碑に刻まれている歌にちなみ、海の波をイメージして高低に配し、所々の青色タイルは光る水面を表現しています。
更新日時:2017/10/02

【堺市案内】茶室 黄梅庵(ちゃしつ おうばいあん)

2017/09/15 【堺市案内】茶室 黄梅庵(ちゃしつ おうばいあん)
大仙公園内の堺市博物館横に、国の登録有形文化財である堺市茶室「黄梅庵」と「伸庵」の二つ茶室があり、それらをつなぐように茶庭が整備されています。庭園の見学は無料で、庭園には国指定重要文化財の旧浄土寺九重塔があります。

奈良県橿原市の今井町の豊田家住宅にあった江戸時代中期の茶室を、日本の電力開発に尽力し明治・大正・昭和に亘り、茶道の四天王と称せられた故松永安左ヱ門翁(耳庵)が譲り受け愛用した茶室で、昭和55年に寄贈され移築したものです。庵名は梅の実が黄熟する頃に完成したことから、耳庵により命名されました。

外観は銅板葺きの屋根を重ね合わせた変化に富んだ構成で、内部は八畳敷の広間と小間と勝手水屋等からなり、広間の正面には床を構え、天井は化粧屋根裏とした軽快な数寄屋造です。また、小間は平三畳で下座床を設け炉は向切としています。

豊田家の頃には今井宗久の茶室であったと伝えられていましたが、建築様式的にはその頃までに遡ることが難しく、建築された年代等は明らかでありません。しかし、堺の茶人今井宗久・宗薫親子ゆかりと伝えられる茶室を、耳庵が移築し愛用していたことも、この茶室の歴史的価値をさらに高めています。
更新日時:2017/09/15

未公開物件について

2017/08/08 未公開物件について
エイドホームでは、売買条件交渉中、リフォーム中などの理由で、webへの公開をNGとしている物件も多数ご紹介しております。

未公開物件は、不動産会社の店頭に来店された方や、サイト内の未公開物件情報システムへの登録することでご紹介が可能になります。

エイドホームに届く最新情報の中からお客様のご希望の条件に合った物件を最優先でご紹介することができます。

webに公開される前に、ご成約が決まるケースもございます。

ベストな物件をお見逃しのないようにお尋ねください。

堺市に密着して不動産業の経験を培ってきたエイドホームだからこそ、ご紹介出来る物件が豊富にございます。

ご予算や立地などの諸条件だけでもお気軽にご相談ください!


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更新日時:2017/08/08

【堺市案内】チンチン電車 阪堺電車

2017/08/03 【堺市案内】チンチン電車 阪堺電車
チンチン電車の愛称で知られる阪堺電車は、ほぼ旧紀州街道に沿って歴史に育まれた堺のまちを走り抜けます。まちの風物詩として明治44年の開業以来約100年、スローで地球にやさしい市民の足としても親しまれています。

阪堺電車には2路線あり、堺市内を走るのは大阪市内から南北に延びる「阪堺線」。大阪市と堺市の境界大和川を越えてすぐの「大和川」から「浜寺駅前」までの14駅が堺市内区間です。市内中心部ではほぼ大道筋に沿うような形で走り、沿線の観光スポットをゆっくり、のんびり巡る旅には欠かせません。

阪堺電車(我孫子道〜浜寺駅前間)および南海バス(指定エリア)が、1日に何度でも利用できる「堺おもてなしチケット」(大人480円/小児240円)や、阪堺電車全線を1日間に限り自由に乗り降りができる「全線1日フリ−乗車券 てくてくきっぷ」(大人600円/小児300円)などお得な切符もあります。

「貸切電車」でチンチン電車を借り切っての車内パーティーは、他では得がたい体験となるでしょう。

また、大道筋の中央を走る「綾ノ町駅」と「御陵前駅」間では、線路両側の車道との分離帯に季節の花木が植えられています。"チンチン電車のお花畑"を車窓から眺めたり、沿道のまちあるきで楽しみながら沿線観光スポットをゆっくり、のんびり巡ってみてはいかがですか。
更新日時:2017/08/03

【堺市案内】千利休屋敷跡(せんのりきゅうやしきあと)

2017/07/01 【堺市案内】千利休屋敷跡(せんのりきゅうやしきあと)
千利休は大永2年(1522年)、堺今市町(現在の宿院西1丁)の豪商魚屋(ととや)の長男・与四郎として生まれました。17歳の時北向道陳に茶湯を学び、のちに武野紹に師事しわび茶を大成させました。茶の湯をもって信長に接近し、その死後は秀吉の茶頭として仕えながら、北野の大茶会を取り仕切るなど天下一の茶匠として権勢を振るいましたが、小田原の役後秀吉の怒りにふれ自刃しました。現在の茶道千家の始祖であり「茶聖」と称せられています。

屋敷跡には椿の井戸が残っていますが、椿の炭を底に沈めていたといいます。井戸屋形は利休ゆかりの大徳寺山門の古い部材を用いて建てたものです。
更新日時:2017/07/01

【堺市案内】水野鍛錬所(みずのたんれんじょ)

2017/05/30 【堺市案内】水野鍛錬所(みずのたんれんじょ)
明治5年(1872年)ほぼ現在地で創業したという、日本刀や包丁を鍛える工房です。第二次大戦後まもなく行われた法隆寺の大改修のとき、国宝五重塔の九輪の四方にあげられている大きな「魔よけ鎌」を鍛造し、昭和27年(1952年)に奉納しています。「魔よけ鎌」は300年に一度かけかえられるとのことですが、法隆寺の1300年前ともいわれる古釘を集めて作られています。「魔よけ鎌」と心柱の釘が店内におかれていて、実際に手に持つことができます。

また、全日本学生相撲選手権優勝者へ贈られる刀の鍛刀もしており、元横綱輪島関をはじめ朝潮関や現大関琴光喜関などもここで鍛えられた刀を持っておられるとのことです。
更新日時:2017/05/30

【堺市案内】堺市役所21階展望ロビー(さかいしやくしょ21かいてんぼうろびー)

2017/04/30 【堺市案内】堺市役所21階展望ロビー(さかいしやくしょ21かいてんぼうろびー)
地上80mの市役所最上階で、360度の展望が楽しめる回廊式ロビーです。仁徳天皇陵古墳(大仙古墳)をはじめ歴史を秘めた堺のまちが眼下に広がり、遠くは六甲山、関西国際空港、生駒・金剛山、大阪城等が見渡せます。ゆっくりくつろげる喫茶コーナーもあります。
更新日時:2017/04/30

【堺市案内】堺市立町家歴史館 清学院(さかいしりつまちやれきしかん せいがくいん)

2017/03/31 【堺市案内】堺市立町家歴史館 清学院(さかいしりつまちやれきしかん せいがくいん)
堺環濠都市区域の北端にあり、元禄2年(1689年)の「堺大絵図」では「山伏清学院」の名で描かれるなど、修験道の寺院としての歴史を持つとともに、江戸後期から明治初期には「清光堂」の名で寺子屋としても使われ、北旅籠町で生まれ仏典を求めて日本人で初めてヒマラヤ山脈を越えた河口慧海(1866年〜1945年)もここで学びました。

江戸時代後期の建築で歴史的文化資源として貴重で、平成14年(2002年)には国の登録有形文化財に指定されています。狭い敷地内に不動堂、庫裏、門がコンパクトにまとめられ、不動堂と庫裏は間取りとしては一体となっていますが、外観上は不動堂部分のみ切妻屋根を一段高く上げ独立した建物の様相となっています。

このたび保存修理工事を終え10月27日(木)から「堺市立町家歴史館 清学院」として開館されています。

修理工事中発見された清光堂の寺子屋教科書のほか、今回初公開となる昭和6年(1931年)に慧海が堺在住の親戚に贈った自筆和歌入りの鉄瓶と絵葉書など慧海に関係する資料を展示。奥座敷には当時使われていた文化5年(1808年)の銘のある天神机や文机、小型の硯なども置かれています。

また、館内では観光ボランティアガイドによる案内も行われます。
更新日時:2017/03/31

【堺市案内】堺市立町家歴史館 山口家住宅(さかいしりつまちやれきしかん やまぐちけじゅうたく)

2017/02/28 【堺市案内】堺市立町家歴史館 山口家住宅(さかいしりつまちやれきしかん やまぐちけじゅうたく)
山口家住宅の主屋は慶長20年(1615年)、大坂夏の陣の戦火により市街地が全焼した直後に建てられた、国内でも現存する数少ない江戸初期の町家のひとつとして、昭和41年(1966年)に国の重要文化財に指定されています。

江戸時代の堺は鉄砲や包丁、織物などの製造業を中心に発達し、商業のまちとしても成熟していきます。今でも錦之町東から神明町にかけての一帯には、そのたたずまいをほうふつとさせるまちなみが現存。堺の町家暮らしの雰囲気を今日に伝え、その豊かな暮しを思い起こさせる全国的にも極めて貴重な民家です。

現在の入口は敷地南側ですが、建築当初は東側を表にしていたことが元禄2年(1689年)の「堺大絵図」からわかります。広い土間に面して畳の部屋が3室並び、土間には梁(はり)と束・貫で構成する小屋組みが見られ壮大な空間を作っています。

その後安永4年(1775年)に西土蔵、寛政12年(1800年)に北土蔵を建築するなど、現在の間取りが完成しました。また北側には樹齢200年の大ハゼの木を中心とする庭があり、主屋から観ることができます。

江戸時代には「京の着倒れ大坂の食い倒れ」とともに、「堺の建て倒れ」と例えられたように、堺衆は建物に贅を凝らしたといわれていますが、この建物はその名残りを示すひとつです。

伝統的な堺の町家暮らしを感じることができる、魅力溢れる施設として整備がおこなわれ、平成21年10月26日から新たに「堺市立町家歴史館 山口家住宅」としてオープンしました。内部では観光ボランティアガイドによる案内もあります。
更新日時:2017/02/28

【堺市案内】妙國寺(みょうこくじ)

2017/01/30 【堺市案内】妙國寺(みょうこくじ)
永禄5年(1562年)日蓮宗の学僧日Г開いたとされ、境内には樹齢1,100年を超える蘇鉄(ソテツ)が堂々と堺のまちを見守っています。大蘇鉄は織田信長の所望で安土城に移植されましたが、毎夜「堺に帰りたい」と泣いたので、信長は激怒して「切り倒してしまえ」と命じました。蘇鉄は切り口から鮮血を流し大蛇のごとく悶絶し、恐れをなした信長は再び妙國寺に返したという伝説の樹で国指定の天然記念物です。現在大小120数本の幹枝を数え、江戸期の「和泉名所図会」には「大枝22本、小枝78本、総まわり25尺、高さ22尺余り、枝葉6〜7間は一面の蒼色ですいらんの如し」と記された堺の名木の一つです。また、日本で唯一の「蘇鉄の枯山水」の庭園には、千利休の寄贈といわれる「六地蔵灯篭」や「瓢箪型手水鉢」があります。

慶応4年(1868年)堺港に上陸してきたフランス軍艦の兵に対し、堺の警固にあたっていた土佐藩士が阻止しようとしてフランス人22名を殺傷した堺事件で、土佐藩士11名が切腹した地としても有名です。山門を出たところに「とさのさむらいはらきりのはか」と刻まれた碑があります。

相州鍛冶の祖とされる新藤五(しんとうご)国光の短刀銘「国光」や、名刀工正宗の十哲の一人といわれ備前長船住長義(びぜんおさふねじゅうながよし)の脇指「朱銘長義」の重要文化財は、堺市博物館に寄託されています。
更新日時:2017/01/30

【堺市案内】堺伝統産業会館(さかいでんとうさんぎょうかいかん)

2016/12/25 【堺市案内】堺伝統産業会館(さかいでんとうさんぎょうかいかん)
堺刃物伝統産業会館をリニューアル、平成23年10月1日(土)オープンの堺の伝統産業を一堂に集めた施設です。

従来の刃物だけでなく線香、注染和晒、緞通、昆布、自転車、和菓子などの体験・学習・展示コーナーや、各業界の逸品、堺ゆかりの名産品を販売するショップ。さまざまな珍しい刃物やプロ用刃物を展示・販売する堺刃物ミュージアムがあります。

プロの料理人の約9割が使用しているといわれる伝統の堺打刃をはじめ、堺のさまざまな伝統産業に触れることができます。

1Fには刃物、線香、注染和晒、緞通、昆布、自転車、鯉幟、和菓子の体験・学習・展示コーナー「匠の広場」、堺の逸品、名産品を販売するショップ「堺いち」、2Fには刃物工程見本や刃物種類見本、堺刃物、堺打刃物を展示する「堺刃物ミュージアム」があります。
更新日時:2016/12/25

【堺市案内】南宗寺(なんしゅうじ)

2016/11/11 【堺市案内】南宗寺(なんしゅうじ)
弘治3年(1557年)三好長慶が父元長の菩提を弔うために、大林宗套(だいりんそうとう)を迎え開山とした臨済宗大徳寺派の寺院です。慶長20年(1615年)の大坂夏の陣による焼失後、寺地を現在の場所に移し、沢庵宗彭(たくあんそうほう)らにより再建が行われました。境内には国指定名勝の枯山水の庭、国指定重要文化財の仏殿・山門・唐門、千家一門の供養塔、利休ごのみの茶室実相庵(じっそうあん)などがあります。

方丈前の枯山水庭園は、仏殿等が建築された江戸時代初期と考えられ、前面に広く白砂を敷き小高くなっている地形を利用して枯滝を組み、そこから小石により表現された枯流れを右手の方向に流しています。上流部に架けた石橋と枯滝とがよく調和し、中央部にある横石の石組も素晴らしく、平庭枯山水形式の庭と石組造形を組み合わせて構成された美しい庭園です。

仏殿は禅宗建築の技法を用いた府下では唯一の仏殿建築で、内部の天井には「八方睨龍(はっぽうにらみりゅう)」が描かれています。山門は二階建てで上層に手すりのついた縁がまわる楼門形式の門で、垂木を扇状に並べる技法は禅宗建築の技法のひとつです。唐門は柱間をつなぐ梁に彫られた模様や、柱の先に突き出た木鼻という彫物などが、仏殿や山門と同様のかたちをしていることから、同じ時期に建てられた建物と考えられています。

また、徳川家康が後藤又兵衛の刃に倒れ、当寺に祀られたという伝説の寺でもあります。
更新日時:2016/11/11

【堺市案内】仁徳天皇陵古墳(にんとくてんのうりょうこふん)

2016/10/11 【堺市案内】仁徳天皇陵古墳(にんとくてんのうりょうこふん)
エジプトのクフ王のピラミッド、中国の秦の始皇帝陵と並ぶ世界3大墳墓の一つといわれ、上から見ると円と四角を合体させた前方後円墳という日本独自の形で、5世紀中ごろに約20年をかけて築造されたと推定されています。日本最大の前方後円墳で北側の反正天皇陵古墳(田出井山古墳)、南側の履中天皇陵古墳(石津ヶ丘古墳)とともに百舌鳥耳原三陵と呼ばれ、現在はその中陵・仁徳天皇陵として宮内庁が管理しています。前方部を南に向けた墳丘は全長約486m、後円部径約249m、高さ約35.8m、前方部幅約307m、高さ約33.9mの規模で3段に築成されています。左右のくびれ部に造出しがあり、三重の濠がめぐっていますが、現在の外濠は明治時代に掘り直されたものです。葺石と埴輪があり埴輪には人物(女子頭部)や水鳥、馬、犬、家などが出土しています。

昭和30年代と最近の調査で造出しから須恵器の甕が出土し、古墳が造られた年代を知る資料として話題になっています。明治5年(1872年)には、前方部で竪穴式石室に収めた長持形石棺が露出し、刀剣・甲冑・ガラス製の壺と皿が出土しました。出土品は再び埋め戻されたといわれていますが、詳細な絵図の記録があり、甲冑は金銅製の立派なものだったようで、アメリカのボストン美術館には、本古墳出土と伝えられる細線文獣帯鏡や単鳳環頭太刀などが所蔵されています。

日本最大の前方後円墳にふさわしく、周囲に陪塚と考えられる古墳が10基以上ありますが、塚廻古墳を除いて、主体部の構造や副葬品のわかっている古墳はほとんどありません。仁徳天皇陵とされていますが、日本書紀などに伝えられる仁徳・履中の在位順とは逆に、履中天皇陵古墳よりも後で築造されたことがわかっています。

全周2.8kmの周遊路として整備され、南側前方部と西側には遊歩道、南側車道は桜並木にもなっていて、古墳の中に入ることはできませんが、濠の外からでも巨大さを十分に実感することができます。西側歩道中央部には犬養孝博士揮毫による、仁徳天皇皇后の磐之媛命(いわのひめのみこと)の万葉歌碑があります。

地元では「仁徳さん」「御陵さん」と親しみを込めて呼ばれ、江戸・明治時代には石棺や甲冑などが発見され、その時描かれた絵図が伝わっており、昔は桜の名所として人々に親しまれていました。拝所は大仙公園側にあり、整然として厳かな雰囲気です。
更新日時:2016/10/11

【堺市案内】堺市博物館

2016/09/10 【堺市案内】堺市博物館
堺の歴史を一目瞭然に知ることのできる博物館です。約1,330屬療玄┝爾砲蓮古代・中世・近世・近代のコーナーに分けて歴史の流れを紹介しています。また春と秋にはテーマを絞った特別展も催されます。

堺を中心とした歴史、美術、考古、民俗、産業などの文化資料を調査、収集、保管、これらを活用した展示、研究、情報提供を通して市民の生涯学習と、文化の向上発展に資することを目的として、展示室・ギャラリーでの展示事業、視聴覚室・学習室・講義室での講座の開催などを行っています。
更新日時:2016/09/10

【堺市案内】茶室 伸庵(ちゃしつ しんあん)

2016/08/14 【堺市案内】茶室 伸庵(ちゃしつ しんあん)
大仙公園内の堺市博物館横に、国の登録有形文化財である堺市茶室「伸庵」と「黄梅庵」の二つ茶室があり、それらをつなぐように茶庭が整備されています。庭園の見学は無料で、庭園には国指定重要文化財の旧浄土寺九重塔があります。

伸庵は数奇屋普請の名匠といわれた仰木魯堂が、粋をこらして昭和4年に建てた茶室で、もと東京芝公園にあったものを、昭和55年に福助株式会社から寄贈され移築したものです。一部2階建の桟瓦葺の建物で、中庭を囲み玄関・広間・茶室・座敷等が配置され、江戸間、京間、中京間を組み合わせた特色ある間取りや、面皮材や丸太材、角材の柱材も適所に用いる工夫が見られます。茶室は伝統的な平三畳台目の形式を踏襲しながらも、貴人口を併用することで客座の開放感など近代らしい空間が作られています。

茶室を含めて10室の和室があり、多人数の茶事を催すことができます。また、立礼席/椅子席(20席)も設けて気軽に抹茶を楽しんでいただけます。
更新日時:2016/08/14

【堺市案内】開口神社(あぐちじんじゃ)

2016/05/09 【堺市案内】開口神社(あぐちじんじゃ)
旧市内唯一の式内社で塩土老翁神(しおつちのおじのかみ)、素盞嗚神(すさのおのかみ)、生国魂神(いくたまのかみ)を祀っています。天平18年(746年)行基が境内に念仏寺を建立し、大同元年(806年)空海が宝塔を建てたので「大寺」とも呼ばれています。

元禄3年(1690年)制作された土佐光起筆の「大寺縁起絵巻」、鎌倉時代の仮名の名筆、和歌は京極派の詠み手として知られる伏見天皇の「伏見天皇宸翰御歌集(ふしみてんのうしんかんおんうたしゅう)」、社伝によれば室町幕府十代将軍義稙寄進の「短刀銘吉光(たんとうめいよしみつ)」は重要文化財です。また、「開口神社文書」は鎌倉時代から江戸時代の開口神社と大寺念仏寺関係の古文書で、府の有形文化財に指定されています。
更新日時:2016/05/09


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